大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)196号 判決

控訴人

尾道正夫

右法定代理人親権者母

尾道マサエ

右訴訟代理人

廣石郁磨

被控訴人

大分市

右代表者市長

佐藤益美

右訴訟代理人

後藤博

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が訴外谷弘年に対し控訴人主張の債権を有していること、被控訴人市が同訴外人に関する土地及び家屋の名寄帳を備え付けていることは当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人市の本案前の抗弁について検討する。本訴請求は、訴外谷弘年に関する名寄帳を備え付けている被控訴人市に対しその閲覧を求める給付の訴であるから、原告によつて給付義務者であると主張される者が正当な被告となるのであつて、真実の給付義務の存否とはかかわりがない。したがつて、本訴は、被告の当事者適格になんら欠けるところはなく、その他訴訟要件を欠き不適法である点は見当らない。被控訴人の主張は、行政訴訟の訴訟要件を論ずるものであつて、主張自体失当というべきである。

三よつて、控訴人主張の名寄帳閲覧請求権について検討する。

判旨地方税法三八〇条は、「市町村は、固定資産の状況及び固定資産の課税標準である固定資産の価格を明らかにするため、固定資産課税台帳を備えなければならない」と規定し、同法三八七条は、「市町村は、その市町村内の土地及び家屋について固定資産課税台帳に基いて土地名寄帳及び家屋名寄帳を備えなければならない。」旨規定する。

右規定の趣旨は、地方公共団体が公権力に基き住民に対して租税を徴収するに際し、適切な税務行政を行うために固定資産課税台帳、名寄帳等の備え付けを地方公共団体に命じたものと解されるから、右にいう名寄帳は、行政庁の適切な税務行政を目的として作成された行政庁の内部資料たる性質を有する帳簿というべきものであつて、本来外部に公表すべきものとはいえず、従つて、関係者といえども法律上当然に地方公共団体に対して閲覧請求権を有するものとはとうてい認められない。尤も、同法四一五条は市町村長は一定の条件のもとに固定資産課税台帳を関係者に縦覧させなければならない旨規定するけれども、右規定は、市町村長が税務行政の適切を期するために行政処分として一定の条件のもとに右台帳を関係者に縦覧させなければならないことを規定したものであり、右規定があるからといつて、関係者が地方公共団体に対して法律上当然に名寄帳の閲覧請求権があるということはできない。

以上のとおりであるから、訴外谷弘年が被控訴人市に対し、法律上当然に同訴外人に関する名寄帳閲覧請求権があることを前提とする本訴請求は、その余の判断を俟つまでもなく理由がないことは明らかである。

四そうだとすれば、本訴を不適法として却下した原判決は失当であり、民訴法三八八条によれば、かかる場合は事件を第一審裁判所に差戻すことを要する旨規定されている。

しかし、右規定の趣旨は、審級の利益を保障することにあるものと解されるところ、原判決はその理由中で訴外谷弘年は被控訴人市に対して名寄帳の閲覧を求めうる権利ないし法律関係を有するものではない旨判示し、実質的に本訴請求の実体について審理判断しているから、本訴においては控訴裁判所が実体判断を示しても、当事者に対する審級利益の保障には実質上何ら欠けるところはなく、本訴を第一審裁判所に差戻す必要はないと解される。

しかし、原判決を取消して請求棄却の判決をすることは、控訴人の申立の範囲を越える不利益を課することとなるので、本件にあつては、直ちに控訴棄却をすべきである(大審院昭和一〇年一二月一七日判決・民集一四巻二三号二〇五三頁、同昭和一五年八月三日判決・民集一九巻一六号一二八四頁、最高裁判所昭和三七年二月一五日判決・裁判集民事五八号六九五頁、福岡高等裁判所昭和五二年一〇月二四日判決、判例時報八八四号一〇四頁)。

よつて、本件控訴を棄却することとし、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(松村利智 金澤英一 早舩嘉一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例